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秋田地方裁判所湯沢支部 昭和34年(ワ)12号 判決 1960年9月28日

主文

被告より原告に対する、東京法務局所属公証人石川音次作成の第八万八千七百七十九号債務弁済契約公正証書に基く、強制執行は許さない。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告を債権者、原告を債務者とする東京法務局所属公証人石川音次作成の第八万八千七百七十九号債務弁済契約公正証書に基く強制執行は許さない。訴訟費用は被告の負担とする。」若しこれが理由がないときは「被告を債権者、原告を債務者とする東京法務局所属公証人石川音次作成の第八万八千七百七十九号債務弁済契約公正証書中金七万八千円以外の強制執行は許さない。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求の原因として

(第一次的に)

第一、被告は昭和三十四年七月二十五日、東京法務局所属公証人石川音次作成の第八万八千七百七十九号債務弁済契約公正証書に基き、原告に対し金二百二十七万一千四百九十円の債権があるとして原告所有の有体動産に対し強制執行をした。

第二、しかしそれは次の理由により許されるべきものでない。

(一)(イ)  原告は製材並にその販売を業とする商人であるが、昭和二十二年頃訴外柴田寅蔵から製品の注文をうけた際、前渡金を受取つたのであつたが、その一部を履行した後原木の入手が困難であつたためその残部の履行ができないでいた。

(ロ) ところが原告は、昭和二十四年五月二十九日自宅に訴外柴田寅蔵の来訪を受け、同人から右の履行遅滞を責められ、且前渡金中不履行分に相応する金額の返還を迫られたので、原告はこれを支払うため、同日被告から金七万八千円を、弁済期を同年八月二十九日、利息を一ヶ月五分と定めて借りうけ、その支払を了した。

(ハ)  その際原告は被告から、右借受金について公正証書を作成するため委任状と印鑑証明書の交付を求められたが、当時原告は精神病の発病の兆候があつた為、被告の云うがままに要求に応じ、それ等を被告に交付した。

(二)(イ)  しかし原告はその後間もなく精神病に罹り且被告からも何等の請求もなく九ケ年を過ぎたので、右の事実については全然忘れていた。ところが昭和三十三年頃から、原告は被告から再三金二百万円を超える金額について請求をうけたけれども、原告には何の金か全然理解ができなかつた。

(ロ) しかし原告はその後被告から第一項記載の様に有体動産に対し強制執行を受けた際送達された公正証書謄本によつてはじめて被告は、原告が前記七万八千円の貸借をしたとき被告に交付して置いた委任状と印鑑証明書により、右債権の回収を確保するために本件公正証書を作成したことを知つた。

(ハ)  しかも真実の債務が金七万八千円であるのに原告に何等のことわりもなく勝手に金額を金十万九千八十円に増額し、且つ遅延損害金についても何の定めもしなかつたのに壇に日歩七十銭としたものであつて甚しい越権行為である。

(三)  しかし乍ら原告は前記のとおり商人であり、前記金七万八千円の貸借はその営業のためになしたものであるから、その債務は商事債務である。従つて右の借受け金七万八千円と之に対する利息とは五年の時効にかかるから本件債務はその弁済期の翌日から起算し昭和二十九年八月二十九日を以て時効消滅したものである。

第三、以上のとおりであるから原告に対し前記公正証書に基き強制執行を為すことは許されるべきものでない。それでその執行力の排除を求めるため本訴請求に及んだと述べ、被告の抗弁に対し、原告は被告宛に乙第二号証の二のような手紙を出したことは認めるが、これは時効完成を知らないで出したものであり、しかも分割払と利息損害金の免除を条件としての申出であつて、被告がその申出条件を承諾しない限りその債務の存在を承認したものとはならないから時効の利益の抛棄に当らない。

(予備的に)

一、仮に原告が被告に差出した乙第二号証の一、二の手紙が時効の利益の抛棄に該当するとしても、元金だけに負けてもらつたならば支払う趣旨のものであるから時効の利益の抛棄は元金だけに止まり、利息や損害金には及ばないから元金以外は当然五年の消滅時効によつて消滅したものである。

二、ところで右元金が昭和二十四年五月二十九日に借入れた金七万八千円を指すか、公正証書記載の金十万九千八十円を指すかについて考えて見るに、金十万九千八十円という金額は被告が原告に貸付けた金七万八千円に勝手に利息や取立費用等を加えて公正証書に記載した金額であり、原告は有体動産の差押をうけた際初めてこれを知るに至つたものであるから前記乙第二号証の二に記載された元金とは当然金七万八千円を指していることが明白である。

従つてこれを超過する部分は授権の範囲を逸脱したもので無効である。

三、それで第一次的請求が容れられないとしても、金七万八千円を超過する部分については無効であるから、その部分に於ける執行力の排除を予備的に請求する、

と述べた。(立証省略)

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁として、

原告主張の事実中第一項は認める。第二項中(一)の(イ)は不知、(ロ)は認める、(ハ)は原告が精神病の発病兆候があつたという点が不知であるほかは認める、(二)の(イ)(ロ)は不知、(ハ)は原告の了解のもとにしたものであるから擅にしたという点を否認し、(三)も否認する。原告の本件債務は準消費貸借によつて生じたものであるから、民法の適用をうけて十年の消滅時効にかかるものと解する。従つて被告が原告に対して強制執行を為した昭和三十四年七月二十五日までは未だ九年十一ケ月で十年に満たないから、まだ時効は完成していない。それで被告のなした前記公正証書に基く強制執行は適法である。仮りに原告主張の通り五年の商事時効の適用をうけるとしても、次のように抗弁する。即ち原告は被告に対し乙第二号証の一、二を差出し、本件の債務を承認しているから時効の利益を抛棄したものである。故に被告のなした強制執行は適法で、原告の第一次的請求は理由がない。

次に原告の予備的主張の事実は、第一項、第二項ともに争う、と述べた。

(立証省略)

当裁判所は職権を以て原告佐藤良太郎本人(第二回)の訊問をした。

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